新潟の由来や、歩んできた歴史をご紹介します

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歴史探訪

新潟県新潟市歴史探訪
新潟市の概要
新潟市は、人口約80万人を抱える本州日本海側最大の都市として、越後平野の中央部、信濃川・阿賀野川の河口に位置する中心都市です。江戸時代には日本海海運の拠点として栄え、1858年の修好通商条約では横浜や神戸とともに開港5港のひとつに指定されます。新潟港に加え、上越新幹線、関越道をはじめとする高速道、新潟空港などが整備され2005年3月に周辺12市町村を編入合併し、日本一水田面積が広い市となりました。来る2007年4月1日、「田園都市型政令指定都市」への移行を目指しています。

新潟のあゆみ
縄文時代から砂丘に人々が住み着き始めますが、現在の市域の大部分はまだ海の底だったといわれています。日本書紀によると蝦夷防備の拠点として、渟足柵(ぬたりのき)が築かれました。古代から中世にかけては蒲原津(かんばらのつ)という港湾都市がこの地に栄えます。16世紀には信濃川河口に新潟、阿賀野川河口に沼垂(ぬったり)の地名を持つ港町が現れ、17世紀に新潟を中心とする西部は長岡藩領、沼垂を中心とする東部は新発田藩領となりました。1768年、新潟町民への長岡藩の御用金徴収に対し、涌井藤四郎らの町人が蜂起し、約2ヶ月にわたって町民による自治を行います(明和騒動)。そして1843年に新潟町は天領となり、川村修就が初代新潟奉行に任命されました。1858年の日米修好通商条約によって開港五港のひとつに指定され、1868年新潟港が外国船に開港。同年の戊辰戦争で幕府側との攻防戦の末に新政府軍が新潟町を占領し、新潟府が置かれました。

昭和初期にラジオ放送が開始され、映画館の増加も手伝って、大衆文化が隆盛となります。しかし、日中戦争が勃発、太平洋戦争に突入し、新潟市にも多大な被害を与えます。そして昭和30年代の高度経済成長期を迎え新潟市ではガス化学工業が盛んになり、一方では農業も度重なる土地改良の後、都市近郊農業へと変化していきます。昭和30年代の度重なる災害からも復興し新潟市の都市化は高速交通網の整備、新潟空港の建設、さらには世界4都市との姉妹・友好都市を提携し国際交流に取り組んでいます。平成13年に、新潟市は黒埼町と合併、日本海側初の50万人都市へ、平成17年には、新潟市、新津市、白根市、豊栄市、小須戸町、横越町、亀田町、岩室村、西川町、味方村、潟東村、月潟村、中之口村の13市町村が合併し、人口約78万人の都市へと発展を遂げました。巻町との合併問題協議会が開催され、環日本海の中枢を担う政令指定都市の平成19年度の実現へ向けて発展しています。


新潟の名前の由来
信濃川河口に広がる新潟平野には潟湖が点在しており、そのうちのひとつが「新潟」という名前で、それが県名になったと考えられます。


新潟の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓
新潟市歴史博物館
住所: 〒951-8013
新潟県新潟市柳島町2丁目10 [地図を見る]
電話番号: 025-225-6111
開館時間: 4月〜9月 9:30〜18:00
10月〜3月 9:30〜17:00
休館日: 月曜
(その日が休日に当たる場合はその翌日)
休日の翌日
(休日が土曜日又は日曜日に当たる際は火曜日)
年末年始
入館料: 一般300円、大学・高校生200円
中学・小学生100円
団体割引あり、詳細はお問い合わせ下さい。







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